東京沖縄県人会

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 ・朝聞夕録  川平朝清
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 【ゆいまーる・12】 会 長 仲松健雄

                 
            川口喜代子先生を偲ぶ会

 川口喜代子先生(東京琉球舞踊協会会長、東京沖縄県人会副会長)はかねて
より病気療養中でしたが10月20日に87歳でご逝去されました心より哀悼の意を
表します。
 東京沖縄県人会文化部の企画で1997年9月に「第1回沖縄芸能祭」が開催され、
主導的役割を担った川口喜代子先生はじめ各流派の師匠が1998年5月に「東京沖
縄芸能協会」を創設しました。同協会は2000年に「沖縄芸能フェスティバル」を
開催するなど東京沖縄県人会と一体となった活動を展開し、2001年に「東京沖縄
芸能協会」は「東京琉球舞踊協会」と名称を変更して東京沖縄県人会から分離、
独立し、初代会長に川口先生が就任しました。その設立目的は東京において琉球
舞踊の普及を図りながら後継者を育て沖縄芸能を継承するためです。
 「東京琉球舞踊協会」は川口会長が主宰する喜扇本流千歳会川口喜代子琉球古
典舞踊研究所を筆頭に15人の師匠が主宰する琉舞研究所・琉舞道場で構成されて
います。発足当初は様々な流派の師匠が存在しているため纏めるのにご苦労もあ
ったようですが、川口会長の「鶴の一声」で纏まり、同協会は今日まで長きにわ
たり「沖縄芸能の発信」ならびに「琉球舞踊の普及・継承・発展」に大きく貢献
しています。
 川口会長の功績の大きさは筆舌に尽くし難く、心より敬意を表します。川口喜
代子琉球古典舞踊研究所は20013年7月に「川口喜代子芸道65周年記念講演」を開
催し、二代目宗家・分家家元・千歳和之会主のお披露目を盛大に行い、来年は70
周年記念公演をと意気込んでいただけにその無念さは胸中を察するに余りあるもの
があります。
 この度川口喜代子先生とご縁のあった方々にお集まりいただき、先生の思い出や
エピソードを語り合いながら個人の遺徳をしのんでいただきと思い「偲ぶ会」(12
月17日(日)14時から日本教育会館喜山倶楽部)を執り行います。ご来臨賜ります
ようご案内申し上げます。

                                      

             
   
          【朝聞夕録・12】 名誉顧問・川平朝清

 今年2017年もいよいよ師走です。私事で恐縮ですが、今年3月には家内が米寿(88
歳)を迎え、次いで8月には私が卒寿(90歳)に達し、11月には結婚60周年(ダイア
モンド婚式)を祝うことが出来ました。
 結婚したのは1957年、戦後17年目のことで、沖縄の男性がアメリカ女性を嫁にして
留学から帰って来たと話題になりました。兄たちが弟夫婦の将来を心配する中「嫁が
どこから来ようが支えてやれないような川平家ではない」叱咤したのは70歳になって
いた母でした。
 幸い家内は米軍基地内の高校に職を得、私は琉球放送英語放送局勤務となり、社宅も
与えられました。家内が偉いと思ったのは買い物は基地内のPXなど利用せず、近くのマ
チヤグァー(雑貨屋)や私の母に連れて行かれた那覇平和市場へ通ったことです。
 家内が非暴力反戦平和主義者のクリスチャン家庭で育ったため、米軍政策には是々非
々の態度を持ち続けてくれたのは幸いでした。そして沖縄の芸能と工芸・民芸品を愛し、
沖縄料理になじみ、3人の男の子を立派に育て上げてくれました。来年は家内への感謝報
恩実行の年です。皆さん良いお年を。


 
 
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