東京沖縄県人会

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◆「おきなわの声」縮刷版
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おきなわの声
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 ・ジョン万次郎と沖縄  仲松会長
 ・朝聞夕録4  川平朝清       ・沖縄青少年勉学支援生を募集
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 【ゆいまーる・4】 会 長 仲松健雄


           ジョン万次郎と沖縄

 ジョン万次郎は1827年1月1日、土佐国幡多郡(高知県土佐清水市)
中ノ浜で漁師の次男として生まれました。1841年14歳の万次郎は仲間
と共に漁に出て遭難し、数日間漂流した後、太平洋に浮かぶ無人島「鳥
島」に漂着しましたが、アメリカの捕鯨船「ジョン・ホーランド号」に
よって助けられます。
 この出会いが万次郎の人生を大きく変えることになります。万次郎を
気に入ったホイットフィールド船長は万次郎を連れてアメリカへ帰国し
ます。日本人として初めてアメリカ本土へ足を踏み入れた万次郎はアメ
リカの学校で英語・航海術・造船技術などを学び首席になるほど熱心に
勉学に励み、卒業後は捕鯨船に乗り数年の航海を経たのち日本への帰国
を決意します。
 1851年、当時の日本は鎖国をしており、帰国の手段のない万次郎は薩
摩藩領の琉球を最初の地に選び糸満にある大渡(おおど)海岸に上陸し
て、豊見城市翁長の高安家に半年ほど滞在します。万次郎は村人と交流
しながら方言も覚えたと言われます。
 万次郎が沖縄に上陸して140年の節目に当たる1991年に豊見城市に在
住する何人かの有志によって「ジョン万次郎を語る会」がつくられ、150
年目の2001年には豊見城市で「万次郎来村150年を祝う会」が催されま
した。
 高知県は幕末から明治維新にかけての日本の近代史に燦然と輝く「坂
本龍馬」はじめ維新の英傑を輩出した土佐藩ですが、ジョン万次郎は沖
縄県との繋がりも強く、豊見城市翁長には「ジョン万次郎記念碑」が建
立されています。1993年には万次郎の故郷、土佐清水市と豊見城市が姉
妹都市を締結して、交流が行われています。
 5月20日、関東幡多の会(高知県人会)総会で私が「沖縄と高知につい
て」と題して講演します。会場は「東武ホテル・レバント東京」です。興
味のある方はご来場ください。
     

   
          【朝聞夕録・4】 名誉顧問・川平朝清

 この3月、関係する理事会や講演が3つあり、3週間の郷里訪問となりまし
た。定宿のホテルは連続予約が出来ず、初めてウィークリー・マンションを
利用してみました。これが家具、家電付きで手頃な値段、始めからコンビニ
とモノレール駅の近くという条件に合うものがあり、予定をしっかり消化す
ることが出来ました。
 マンションではあまり見かけなかったのですが、街に出てみると多く聞か
れる、中国語に韓国語、それこそ老若男女、明らかに学生、新婚夫婦から、
おじいさん、おばあさんまで含む家族の群れ、旅慣れているという感じでし
た。そして一様にスマートフォンを頼りにして行き先が明らかで、迷ってい
る風情は全然ないのです。
 ある日タクシーで書店によって、支払って降りるとき、運転手に「ここら
あたりに美味しいい食べ物屋は」と聞いたところ奨められたのが、中国、韓
国の人達が並んでいる「暖房」というラーメン屋でした。10分ばかり待って
店内に入り、自動販売機で券を買うと、出てきた紙には日韓中英4語で麺の固
さ、汁の濃さ、辛さの度合いを書き込むことになっていました。那覇国際化
の一端です。





         沖縄青少年勉学支援生を募集  沖縄協会

 公益財団法人沖縄協会(野村一成会長)は平成29年度沖縄青少年勉学支援生
を募集中。本土で働きながら学ぶ青少年の支援事業。対象は25歳以下で募集予
定は4人。採用になると年額6万円が支給される。返済義務はない。昭和47年の
制度発足以来延べ1,119人が支援を受けている。
 募集期間は4月1日から6月30日まで。勉学支援申請書の請求、問い合わせは
沖縄協会へ。
〒101⁻0052千代田区神田小川町3‐7‐3 文栄小川町ビル3階
☎03ー5283ー511
FAX03ー3219ー1550
HP:http://www.okinawakyoukai.jp/


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