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「第10回ロッキーチャレンジ賞」

「第10回ロッキーチャレンジ賞」は、沖縄出身の世界的ピアニスト大嶺未来氏に決まりました。
ロッキーチャレンジ賞は、「外界志向」・「高い志」・「チャレンジ精神」の
3つの条件を兼ね備えた沖縄の若い人材の目標となる個人またはグループを賞賛し、
その活動を支援するために、賞金100万円と表彰楯を毎年1回、仲村巌チャレンジ基金が贈呈する賞です。
元日産ディーゼル工業㈱社長 仲村巌氏が代表を務め、私は事務局長と選考委員を兼務しています。
大嶺未来氏は沖縄県那覇市出身で、那覇市立古蔵中学校、東京芸術大学付属音楽高校ピアノ専攻卒業後、
東京芸術大学在学時に、ワルシャワ・ショパン音楽院に留学しました。2006年に同校を首席卒業し、
主席卒業生に送られるマグナ・クム・ラウデ賞を受賞しています。
また、2010年ベルリン芸術大学ディプロマ課程を最優秀成績で卒業後は
世界的ピアニストとして音楽活動をしながら、世界各地で開催される名だたるピアノコンクールで
数々のタイトルを獲得しています。2010年に帰国後は東京を拠点に活動し、
東京オペラシティ・リサイタル、ポーランド広報文化センター主催によるショパンリサイタルなど
数々の演奏活動で好評を博しました。
大嶺未来氏は、ピアニストとしての折り紙付きの実力に加え
音楽教育への貢献も大きく、ピアノコンペティション課題曲CD演奏収録ピアニスト
ならびにコンクール審査員活動、ハイレベルの個人指導や学校クラスコンサート、
尚美学園教員としての音楽教育など幅広く活動しています。
大嶺未来氏の「外界志向」と「志」および「チャレンジ精神」が模範となり、
あとに続く沖縄の若者の夢と目標とチャレンジ精神が生まれることを期待します。
授与式および記念リサイタルは2019年6月16日(日)午後3時より琉球新報ホールで行います。
(会長 仲松健雄)

      
  朝聞夕録

 大正末期父が事業に失敗して、一家台湾に移住、川平家の再興をリードしたのは私の母でした。
そのバイタリティーはどこから来たのか、その根源は少女期の学校にありました。
生まれたのは明治18年。沖縄の小学校が男子に遅れること5年で女子に門戸を開いた年です
▼しかし明治20年になっても男子の就学率は14%、女子は4%に過ぎなかったと言います。
母は進学心強く、小学校を卒業して入学したのが首里女子実業補習学校(後の女子工芸学校)
俗称バッタン学校でした
▼2年の間に習ったのは機織り、染色、裁縫、刺繍が主で、
ほかに修身、国語、算術、理科、図画などがあり、裁縫苦手な母は国語や算術が大好きだったと
言っていました。この学校が昭和には首里高等女学校となり、首里の絽織り、絽絣、絣、
ロートン織りなどの伝統工芸を維持する原動力となりました
▼女子の高等教育は明治29年、沖縄師範学校に女子講習科が設立されたのが始まりで、
後に県立女子師範学校となりました。ここから多くの小学校女性教員が卒業し、
沖縄の教育を担ったのです。  (川平朝清)

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