東京沖縄県人会

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 ゆいまーる 

「翁長雄志知事を悼む」

 8月8日翁長雄志知事の訃報に接し、大きな衝撃と深い悲しみに陥りました。
私は、2015年5月の東京沖縄県人会第57回定期総会で9代目会長に就任してまもなく6月に
会長就任挨拶のため翁長知事を表敬訪問しました。
翁長知事は、那覇高校の一期先輩で高校時代は陸上部に所属して砲丸投げの名選手でした。
私はハンドボール部に所属していましたので部活で一緒だった訳ではありませんが、
那覇高校のグラウンドで青春時代を過ごしました。表敬訪問の時、翁長知事と面談した際に、
開口一番「仲松さんに会うと高校時代を思い出すね!」と言っていただき緊張がほぐれ
、会話がスムーズに運んだことを思い出します。
その席で2015年10月3日に新橋第一ホテルで開催する「第13回 全国沖縄県人会交流会」への
出席をお願いしました。翁長知事は10月の沖縄県議会会期中でハードスケジュールにも関わらず、
日帰りでご出席いただきました。
その後も何度か会合や個別の会食会でお会いする機会はありましたが、
いつも気さくで笑顔でした。2018年7月20日に行われた「沖縄タイムス創刊70周年記念祝賀会」で
、翁長知事が来賓挨拶を済まされ退席する時に「一日も早く元気になって下さいね」
と声をかけたのが最後になりました。
 翁長知事は就任直後から基地問題で政府と対立しながら、命を懸けで信念を全うした偉大な政治家です。ある席で「国家権力と闘うのは大変な重圧ですよ!」と吐露したことを思い出す。
「慰霊の日」の平和宣言で、「私たちは、この悲惨な体験から戦争の愚かさ、
命の尊さという教訓を学び、平和を希求する『沖縄のこころ』を大事に今日を生きている。」と述べ、
平和で豊かな沖縄を築くために翁長知事は不撓不屈の精神で取り組まれました。
告別式に参列して、沖縄の発展のために情熱を傾け、命を奉げた翁長知事に心から感謝の気持ちを伝え、
ご冥福をお祈りしました。安らかにお休みください・・・。
 (会長 仲松健雄)



     
   朝聞夕録

 私は横浜から東京都港区に移転してから、はや4ヶ月は過ぎ都や区の広報紙にもなじみが出てきました。ある時シティーハーフマラソン2018スタート地点が芝公園「銀世界」梅林周辺、
そこには琉球人、棟應昌の筆による石碑がある、という記事が目につきました
▼石碑には天保3年12月吉日とありますから、1832年尚育王、徳川家斉将軍の時代の
恩謝使・江戸上りの一員に違いありません。
書家であるからには琉球王からの書簡などを預かる「掌翰使」ではと推察しました
▼私の祖父は嘉永3年(1850)最後の江戸上りに小姓として随行していますが、
向大輝川平里之子朝彬と唐名を名乗っていたそうです。
したがってこの棟應昌にも姓名があるのでしょうが、私の持っている資料文献からは発見できませんでした。ご存知の方が居られたら是非ご教示下さい
▼江戸上りは往復10ヶ月、九十の町や港を経ての旅、宿泊地の藩では歓待され、
そこで歌会がもたれ、揮毫を乞われたりしたそうですから、使節には文人墨客が揃っていたでしょう。
その業績は今も各地に残っています。  (川平朝清)
 
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